2010年02月19日
幻となった氷原の会
毎年冬、2月下旬か3月の頭に、鉄鍋やヤカン、段ボールなどを持った男女が、夕方に網走市北浜駅近くの海岸に集まってきた。
ここ北浜海岸は、能取岬から知床岬突端までの網走湾が、ゆるやかに湾曲する位置の、いちばん入り込んだ地形の場所である。
しかも、世界遺産登録の知床連峰が目の前に輝いている。この海岸線を眺めた人たちは誰もが息を呑む。それなのに、「日本の渚百選」に選ばれ?なかったのはなぜか?お役人の机上の仕事のせいである。また、選定委員が高齢で流氷の来るオホーツク沿岸まで、とうていやって来れなかったのではないか。
さて、北浜海岸に集まるのは、氷原の宴を開くためである。正式名称は「氷原で番茶割を飲む会」といった。氷原を沖に向かって進む。100メートルか200メートル歩き、大きな氷塊の陰でたき火を始める。肉を焼き、湯を沸かして焼酎の番茶割をつくり乾杯!ということになる。
夜更けまでわいわいやるのは、オホーツク文化の会の会員を中心に、その時々の参加者が混じっている。この会のために東京からわざわざやってきた女性もいたし、近くのユースホステルに泊まっていて、何をやっているんだろうとやってきた青年もいた。だれでもいいのだった。
とにかく零下20度近い冷気の氷原で、酒を酌み交わし話し合うのを至上の喜びとし、古代オホーツク人の精神に近づいたつもりだった。
<氷原の会(1995年)>
その氷原の宴が開催不能となった。15年も継続していたものだったが、もっとも流氷原の安定する北浜海岸の流氷が弱体化して、真冬でも海面を見せるようになったのだ。流氷の変化を伝えるものはたくさんあるが、流氷の宴で開くことができない状況もそのひとつである。
地球温暖化の影響をいちばん早く受けるのはオホーツク海である。流氷の今昔を調べてみると、それがはっきり浮かび上がってくる。オホーツク海はまわりを大陸や島に囲まれている比較的浅い海であり、アムール川の陸水が大量に流れこむため凍りやすい。
北緯44度の奇跡とも言われている流氷到来の条件を持つ海である。そのため気温の変化などを微妙に感じ取り、温暖化の兆しをいち早く見せるのかも知れない。(き)





