2010年04月08日
網走川113キロの中の網走湖
網走川は総延長何キロメートルあるのか。「113キロである」。では途中にある周囲42キロメートルの網走湖は、網走川になるのかならないのか。これが問題になった。

<網走湖と呼人半島>
まず、網走川の出発点である源流はどこか。「津別町相生の釧北峠の近くにある」。
10年前の2000年(平成12)6月、網走川を歩く会では、これを実行した。源流までの距離を6つに分け6日間にわたって川沿いを徒歩で遡行して源流に向かった。
釧北峠まで約4キロの国道そばから、沢に入り林道に沿って原始林を10キロほど進んだ所の小山の陰から、滾々(こんこん)とわき出る源流水があった。釧北峠に近い標高978メートルの阿幌岳につながる位置であった。
この113キロ遡行の中で、オホーツク海河口から網走川と網走湖をボートで遡った。開発建設部の見解では網走湖の真ん中を網走川が通っていることになるという。
ところが、網走湖を走って見ると、呼人半島の先端が突き出しているため、大曲の湖口から女満別の網走川口までは直線が引けない。
湾曲した線になる。まさか湖の中の網走湖が蛇行をしながら流れているわけはない。
とにかく開発建設部の計算では湖の中の11キロが、網走川であるという。これはちょっと珍しいことである。
<源流近い川>
歴史的に見て網走川113キロは、かつて交通路の役目を果たしていた。
明治の網走刑務所建設では、網走沖にやってきた貨物船から降ろされた建築資材は、小舟で網走川を遡って運ばれ、野付牛(北見)や端野への屯田兵入植も、小舟で家族や荷物を網走湖の荷揚坂(嘉多山)に運び内陸に向かった。
また、網走、女満別、美幌、津別で切り出した木材を川の流れを利用して下流に運ぶ「流送」事業が盛んに行われ、それぞれの基地として内陸発展の元となった。美幌町などは近隣の農産物を川を利用して運搬集約する業者が多く美幌発展の基礎となった。
網走川や網走湖は環境汚染の状態で、かなり重体なっていると言われる。流域人口約8万人にとっても、オホーツク海の将来にとっても、見過ごすことのできないのが網走川である。 (き)





