2007年03月28日

塔屋のある図書館

斜里の下町に、とても趣のある建物がある。下町といってもこの建物は小高い丘の上に建っている。

この建物は1929年(昭和4)に建てられた斜里町の役場庁舎であった。当時のオホーツク地方の数少ない瀟洒な洋風建築だった建物を、当時とほとんど変わらない状態で現在も図書館として利用している。

昭和10年、斜里の市街は大火があり48棟の家屋が焼失している。その大火からも免れ、新しい役場が建設された後も、この建物は壊されることはなかった。

図書館の中に入ると、古いけれども手入れされた床が、歩くたびに音を立て、階段も少し危なげな傾斜を保ち、それでも建物が呼吸しているような心地よさを感じる。

町民に図書館の新規建て直しを求める声は多いが、同時にこの建物はいつまでも残すべきとの声も多数あることからもわかるように、今も、この建物を誇りに思う人が多い。

以前、この街を訪れた作家の池内紀氏が、この図書館を大変気に入り普段は立ち入りができない塔屋に特別に登らせてもらい、たいそうその景色の良さを誉めていたそうである。

しかし、展望台ではない。役場庁舎として、この街を見渡す役目を持った塔なのである。

古い建物を残しているところは北海道内にも多い。しかし、現役で今も町民の利用を促している私設としての役割を持った建物は少なくなっている。

そんな意味も込め、この建物が図書館であり、町民の文化や知識の発展に努めていることの意味は大きい。

少しの時間があるならば、是非、床のきしむ音を聞くだけでも、訪れる価値は十分あると思う。

ちなみに、池内紀はこの図書館の塔屋に名前を付けた。「風の道・星の部屋」と。

(桜井あけみ)

斜里町立図書館 住所 斜里町本町    0152-23-3311

<ノスタルジックな雰囲気の建物は町民の自慢>


2007年03月21日

捕鯨基地網走には捕鯨税があった

「捕鯨税」という聞きなれない税金があった。網走の捕鯨は1918年(大正7)にタンネシラリと呼ばれた二ツ岩裏の東洋捕鯨場で始まり、その後中断の時期もあったが捕鯨の歴史は続けられた。捕鯨場(クジラ解体場)は、築港の澗(ま)に移り、そこはクジラ浜(現在の網走港第2岸壁)と呼ばれていた。こうして捕鯨は戦前、戦後継続され「捕鯨基地網走」の名は知られていった。

捕鯨船がクジラを捕獲してくると、合図の汽笛が鳴らした。町の人々はクジラのポーが鳴ったと言って鯨浜の解体場へ駆けつけた。沖に停泊した捕鯨船がかかえてきたクジラをボートが曳いて来て、解体場に揚げられると駆けつけた大人や子どもたちは、解体の一部始終を飽かずに見物した。解体風景を見物したという思い出を持つ市民は今も多く、郷愁と愛着を持って語られている。

網走では現在も細々ながらツチクジラの捕獲が続けられていて(ツチクジラ4頭の捕獲枠)、水揚げが夜更けになるときでも、網走商港の解体場に多くの市民が駆けつけている。

ところで、かつて捕鯨税というのがあったことが、税の申告書で残されている。昭和7年、網走町長宛のもので「6月7日長須一頭、漁場網走北東23哩、右申告申告候也」とあり、地方税48円、町税28円80銭とあるから、ナガスクジラ一頭を獲ると76円80銭が納入されていたことになる。昭和16年から「鯨一頭に付き80円」となっている。

戦後昭和23年の新聞記事にも、日本水産捕鯨部が60万円、豊洋捕鯨が10万円の捕鯨税を滞納しており、市は日水本社と交渉し最終処分も考えていると報じている。しかし、この滞納の結果は吉田市長のハラで課税率を引き下げてケリをつけたそうだ。議会で質問を受けた市長は意味深長な笑いをしたというのだ。

捕鯨税という事業税はどんなものだったのか。大会社の顔色を見ながら税金を取り立てる時代だったのかも知れない。とにかく、網走ではクジラの水揚げ高が大きく、市の財政は捕鯨税に頼るところも大きかったのだろう。それだけに捕鯨最盛期は網走のよき時代を伝える歴史である。(菊地慶一)

<二ツ岩の捕鯨場>


2007年03月18日

はじめに

東オホーツク110話の発表に当たって

観光というもてなしの心は、単に接客マナーだけのものではなく、伝えようとするテーマや情熱があるかどうか。おおげさに言えば伝える思想や歴史観を持っているかどうかが問われると思っています。

東オホーツクを訪れる人々は、景観、動植物の自然に感動するだけでなく、そこに生きる人々につながる歴史性と物語性が附加されることによって、感動をふくらませていけるのではないでしょうか。そんな大それた願いをこめて、110の話を書いて見ました。

十分に目的を果たしてはいませんが、とりあえずお読み頂きたいと願っていいます。お気づきの点があれば遠慮なくお知らせくだされば有り難いと思います。

執筆会議代表  菊地慶一  <執筆者>疋田義久・桑原雅彦・桜井あけみ


東オホーツク百の話 at 10:20 | PermalinkComments( 0 )TrackBack( 0 )