2010年07月28日

エゾシカとのおつきあい方法・知床の場合(その1)

<道路にも出てきて危険なシカだが、でも可愛い困りもの>

エゾシカが増えている。知床に限ったことではなく全国的にその数の増加が問題になっている。そんな中でも知床のエゾシカ問題は深刻。

でも、ドライブ途中に彼らの姿を見つけたならばやはり楽しい。

一年中、知床に住むエゾシカはそれぞれの季節で様子が違う。

春は大きなオスのシカの頭の上にある角がオデコの上からポロリと落っこちる。毎年、毎年あれほど大きな角が何故生え替わるのだろう?植物しか食べていない彼らなのに、大きなものでは両方の角で3kg以上もあるのだから不思議でならない。雪が解けた道路沿いには驚くほどたくさんのエゾシカが集まり、道路斜面の草を食べている。毎年、エゾシカとの衝突事故が多いのもこの季節。

夏になると、きれいな色に変わり、文字通りの鹿子模様。この春に生まれた子鹿も目に付き、緑の中に映えて美しい。

秋は彼らの繁殖行動の季節。いつの間にかきれいな鹿子模様は消えて、冬毛に移る。オスのシカがメスを追いかけ回すのも秋。この季節にしか聴くことの出来ないエゾシカの声がある。「ラッティングコール」と言ってオスがメスを呼ぶ声である。秋、山の方に耳を傾けるともの悲しいような、振り絞るような声が響く。「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき」古今集に詠われているこの和歌もオスのエゾシカの声を詠んだもの。

運が良かったらオス同士が角をつき合わせてメスを奪い合う姿も見ることが出来るかもしれない。

そして、冬。冬は彼らにとっては命をつなぎ生きていくことが過酷な季節。深い雪に覆われた知床に彼らの食料になる植物は見つからず、深い雪を掘りながら、あるいは南斜面に、そして森の中の樹木の皮を食べて生きていかなければならない。

厳しい冬を越すことが出来ずにたくさんのエゾシカが命を落とす。それも、知床の自然の一面と捉えてほしい。流氷の美しい海を前に、彼らは必死で食べ物を探す。驚くほどの数のエゾシカがこうして生きている。

単に可愛いだけではない、生きる姿と増えすぎたエゾシカの知床の現実をそれぞれの季節で見つめてほしい。(さ)


2010年07月22日

1日1組限定の小さな宿

<ファームインゆい>

道々網走川湯線で大空町東藻琴市街地に少し入ったところに、1日1組限定の小さな宿がある。その名も「プチファームゆい」。

2001年4月に高木国広さん夫妻が始めた、農業体験ができるファーインである。高木さんは東藻琴村生まれの、いわゆるUターン組。20数年間本州で小学校の教員生活をして、故郷に戻ってきた。 

家業が農家だったとはいえ、本格的な農業は素人に近い。家業を継いだ兄や近所の農家の人たちに指導してもらいながらのスタートだった。

今ではメロン、トマト、ジヤガイモ、カボチャ、トウキビなど、なんと80種類の野菜を栽培するまでになった。安全と美味しさを求めて「理想は有機・無農薬栽培と思っていますが、それに近づける努力をしてますが、何度も現実の難しさにぶつかってます」という高木さん。 

収穫した野菜はもちろんファームインの食卓にのぼるが、網走市内で毎週即売所を開いたり、最近ではインターネットでの予約販売もするようになった。

そのせいもあって、昨年はメロン、トマトは完売してしまった。また、新しい試みとして、付近の農家3軒でジャムづくりも始めた。プラム、リンゴ、ウメ、山ブドウ、プルーンの5種類を完成させ、これも通信販売で取り扱うようにした。

<ファームインゆいの高木国広さん>

ファームインゆいの南に面した明るい食堂のすぐ近くには野菜畑が広がる。そして、その向こうにはくっきりと藻琴山のなだらかな稜線が見える。「この食堂も最初は自分たちのための、農作業から帰った後に休む土間として考えていたんですよ」と言う高木さん。

最初の計画には宿泊業は入っていなかった。だから余分な客室のスペースも作らなかったのだという。1日1組限定で、定員が8名ほどという理由がそこにある。おもしろい小さな宿である。(ひ)

099-3233 大空町東藻琴500-11
TEL.FAX 0152-66-2680
宿泊料金/1泊2食付き 5,500円(大人)
HP


2010年07月12日

宇宙を感じることのできる展望台

<展望台から斜里岳を眺める、眼下にはオートキャンプ場が見える>

以前は木の電柱や廃材を利用して作られた、見た目が少々危なっかしい展望台だったが、2001年(平成13)に建て替えられ、清里町の新名所として注目を浴びているのが宇宙展望台である。

清里オートキャンプ場に隣接した高台にある宇宙展望台のネーミングの理由は、晴れた夜にここに登ると頭の上に満天の星空が広がり、こぼれ落ちてきそうな星々を見ていると、やがて宇宙が身近に感じられるようになることに由来するとされている。

しかし、この展望台は夜ではなくても昼間の眺望もすばらしい。清里町の特徴的な風景である防風林に囲まれた、パッチワークを貼り付けたような畑の広がりを俯瞰でき、さらに斜里岳から続く知床連山の連なりまでもが一望にできるのである。

夜には宇宙の深さを、昼には北の大地の広がりを感じることのできる宇宙展望台は、その名の通りスケールの大きな光景が広がる清里町随一のビューポイントである。(く)


2010年07月05日

屋根にハマナスが咲く牧舎

<原生花園の展望牧舎>

小清水原生花園は網走国定公園のなかでも最も有名なスポットである。オホーツク海と海岸線に続く砂丘と、雄大な風景と多くの花々で、年間約80万人の観光客を魅了している。

ここが網走国定公園として指定されたのは1958年(昭和33)のことだが、植生の保存には関係者の長年の苦労が支えになっている。

1961年(昭和6)にフタトゲチマダニの大量発生が確認されて以来、北大を中心に調査が続けられた。ハマナス、ヒオウギアヤメ、エゾスカシユリなどが少しずつ外来の牧草に浸食されているという現状が指摘された。

また、1973年には近くを走る釧網線が蒸気機関車からジーゼル起動車にかわった。それまでは蒸気機関車からでる煙と火の粉が野火を起こし害虫の発生をおさえていた。

小清水町では北大の秋山茂雄教授の研究や伊藤浩司教授らの助言で、1983年(昭和58)4月に初めて原生花園の火入れを試験的に実施した。前年の秋に枯れた雑草があると、その下から新しい花の芽が出づらいということと、何度も大量発生するダニの駆除が目的だった。

その後、1993年(平成5)からは北海道が中心となり、小清水町や網走営林署など、それに辻井達一氏らの学識経験者で風景回復対策協議会を組織して野焼きの効果を研究した。

現在では原生花園を4つのエリアに分け、毎年4分の1ずつ火入れをしている。だから1つのエリアは4年ごとに焼かれるということになる。また、これまで中止していた湖畔側の町営牧場に馬の放牧も再開された。馬に園内にある雑草を食ってもらおう、という発想である。

オホーツク海岸の砂丘草原は面積97ヘクタールすべてが国有林(保安林)で、濤沸湖側の湿地草原は小清水町が離農跡地を40ヘクタールを購入し、小清水町農業協同組合所有地の126ヘクタールを借り受けて、これに民有地13ヘクタールを加えて179ヘクタール。この179ヘクタールの湿地草原と97ヘクタールの砂丘草原を合わせた276ヘクタールが小清水原生花園となっている。 ここで咲く花は40種類といわれている。

小清水町では1996年、町営牧場にこれまであった牧舎を4,800万円を投じて建て直した。景観に配慮した木造の建物は牧歌的な風景によくなじんでいる。もちろん一般の立入自由で南側には2階部分にテラス風の展望デッキもある。

この牧舎の屋根は防水加工が施され、付近の牧場の土をそのままかぶせられている。土のなかには80株のハマナスやエゾスカシユリの球根もそのまま移植されていて、季節になると牧舎の屋根には赤や黄色の花を咲かせている。(ひ)

<火入れのようす>