2011年11月28日

網走支庁管内でいちばん高いところにある温泉

道々網走川湯線で小清水峠へ向かう途中にあるのが、藻琴山山荘である。網走支庁管内でいちばん標高の高いところにある温泉施設でもある。

だから眺望はバツグンにいい。

シーニックバイフェイの展望デッキも設置されているほどだから、この眺めの見事さに異論を唱える人はいない。

対面するように間近に立つ斜里岳とその向こうに続く知床連山、そしてオホーツク海まで見渡すことができる。網走市で行われる夏祭りの花火大会も見えるのだという。

<藻琴山山荘>

この景色を露天風呂で楽しむこともできる。ちょっとワイルドだが、開放感はさすがだ。

藻琴山山荘に出る温泉はナトリウム炭酸水素塩でアルカリ性伸張性温泉。無色透明でかすかに硫黄の匂いがする。風呂はもちろんかけ流しで、湯量は豊富である。

この場所は藻琴山登山道の東藻琴村の入り口になっていて、登山客の利用が多いのが特徴である。

この登山口から藻琴山頂上まで約3時間。なだらかな稜線をたどるコースは年輩者や登山初心者にも気楽に楽しめる山として知られている。

頂上に登ると眼下には屈斜路湖があり、雌阿寒岳、雄阿寒岳、摩周岳などのパノラマが開ける。また冬山登山もでき、本格的な樹氷も見ることができる反面、標高の高さの割に侮れない山だと、地元の登山者は言う。  

山荘の中には、ところ狭しとばかりに山や流氷などの写真が並んでいる。ほとんどが地元の写真家から贈られたものだが、これらの迫力ある写真を眺めているだけでも楽しい。(ひ)

 

<藻琴山山荘の露天風呂>

藻琴山山荘宿泊料金/6,300円より(1泊2食付き)
大空町東藻琴山園685-5
TEL 0152-66-3622


2011年11月21日

19kmの直線道路を見下ろす場所から

北海道には長い直線道路が多い。

日本一長い直線道路は札幌と旭川を結ぶ国道12号線の29.2キロの道路がある。

時速60キロで走っても30分もかかる距離。

この道路の横には日本一であることを示す看板が両方の起点に立っている。

ここオホーツク管内では斜里町の大栄から峰浜までの19キロの直線道路がある。

この長い道路、他とちょっと違うところは19キロを自分の目で確認できること。

知床から網走方面に向かう人はこれから走っていく道を、網走から知床へ向かう人は自分が走ってきた19キロの道を一望できる場所がある。

その場所、看板もなければ標識もない。畑の真ん中に直角に曲がったところから19キロが始まる。

だれもが車を降りて、感嘆の声を上げる。

次にオホーツク海の海岸線を目でたどる。そして、大きな深呼吸をする。そんな場所。

いつからだろうか、この気持ちの良い場所の存在に気がついた人たちが増えてきている。

地平線に吸い込まれていくようなまっすぐな道路とそこに広がる斜里平野。

そしてパッチワークのような畑。斜里岳のすそ野から延びる防風林。

<季節によって変化する景色の中を走る道路>

ここに立つと余計な説明はいらない気がする。

2005年の夏には手作り風のデッキが出来た。上に登ってみると自分がどれほど天に近い位置にいるのかが実感できる。

ガイドブックにも載っていない「気持ちのいい場所」。

ここを気に入っている人たちがそれぞれに「天に続く道」とか「深呼吸の丘」、「道路のてっぺん」と呼んでいる場所。

ここに書くことはちょっとためらいがあったが、でもやはり教えてあげたくなる場所。

でも、一つ約束してほしい。この場所の周りは農家の方の大切な畑。くれぐれも、ゴミを残したり畑に立ち入ることはご遠慮いただきたい。

さて、お手元の道路地図を開いて、走っている道路を探してください。そこに見つかるはず。長い道路と気持ちの良い場所が。(さ)

<地平線まで見える道路>


2011年11月14日

196柱が眠る英霊墓地

女満別市街から道々福住女満別線に入ってすぐ、左手に生垣に囲まれた一角がある。

車で走ると見過ごしてしまいそうなところだが、実はここに全国でも珍しい戦没者を慰霊する英霊墓地がある。

女満別小学校の裏手の丘陵に当たるが、遠くに網走湖も見渡すことができる。

1940年(昭和15)、当時在郷軍人会の分会長だった吉田礼文さんが村役場や国防婦人会などに呼びかけて、満州事変以来の戦死者たちの墓碑を建設することを決めた。

場所は当時の中央墓地の一角で(旧女満別空港の近く)、総御影石造りの墓碑15基が村民の寄付によって建てられた。

その後、中央墓地全体が軍によって接収されることになり、1944年(昭和19)に現在地に移転することになった。

実は当時の英霊墓地の中央には功績をたたえた『芳名無窮巧烈輝萬古』という畑俊六陸軍大臣の揮毫による戦没者慰霊碑が建っていたが、敗戦後、進駐軍が町に入って来る前に町民が密かに土中に埋めた。

それを1998年(平成10)に有志たちが掘り起こして、今の場所に再度建立したものである。

現在並ぶ墓碑は196柱。毎年8月15日には女満別のお寺の住職たちが集まり慰霊祭が行われる。(ひ)

<英霊墓地の入口>

<196の墓碑が並ぶ>

2011年11月07日

エゾキスゲ・エゾカンゾウ・エゾノゼンテイカどれがどれ?

「北海道の花も鳥も名前に蝦夷(エゾ)を付けて呼ぶと当たりですよね~」とよく言われる。

おっしゃるとおり北海道にはエゾで始まる固有名詞が多い。 

植物の名前には特にエゾが多いと思う。 

オホーツクの海岸線には自然のお花畑である原生花園が多く、小清水原生花園のように立派な駐車場や案内所の設置されたものもあれば、小さな遊歩道が設置されたもの、あるいは道路沿いと、人工物のない海岸線に沿って様々な花が咲きそろう。

しかし、かつては日本各地そのような光景が広がっていたのだろう。

そんな自然のお花畑を代表する花は、ハマナス、エゾスカシユリ、エゾカワラナデシコ、ヒオウギアヤメ、そしてエゾキスゲ、エゾカンゾウ、エゾゼンテイカがあげられる。

そこで問題。エゾキスゲとエゾゼンテイカ、エゾカンゾウの呼び名がどうもはっきりしてこない。

キスゲで有名なのはニッコウキスゲ。だったらエゾキスゲはニッコウキスゲの北海道名なのだろうか?と思い調べてみるとエゾキスゲはエゾキスゲ。 

だったら?エゾカンゾウとエゾゼンテイカは?と調べてみるとどうもこの2種類は同じ植物の違う呼び名だということが分かり、さらにはこのエゾカンゾウとエゾゼンテイカはニッコウキスゲとどうやら同じ種類。

なんとも紛らわしいけれども、ニッコウキスゲとエゾキスゲを「同じキスゲです」と言う人が多いけれども、これは間違いで「エゾゼンテイカとエゾカンゾウは呼び方の違いでニッコウキスゲのことですよ」というのがまずは本筋らしい。

らしい、というのはエゾゼンテイカ、エゾカンゾウとニッコウキスゲが同種ということについては植物の専門家の中では諸説があるらしく定かではない。

いずれにしてもこの2種類の花は、学名が意味するように「一日だけの花」。

初夏のオホーツクの特に夕暮れに近い時間は透明感のある黄色が際だって美しい。

群生する美しさとともに、道路に沿ってポッポッと咲く姿は花言葉にあるように「憂いを忘れる」という言葉がよく似合っていると思う。

蝦夷貴菅・蝦夷甘草・蝦夷禅庭花(さ)


東オホーツク百の話 at 09:22 | PermalinkComments( 0 )TrackBack( 0 )