2011年12月26日

カメ岩と呼ばれるチャシコツはウトロの砦

長く、快適な海岸線の道路が知床半島をなぞるように走って来ると、やがて前方にはユニークな形の大きな岩が現れる。

横を向いたその姿は、まるで「カメ」なので、地元ではみんなが「カメ岩」と呼んでいる。

このカメ岩のお尻の部分に潜り込むようにカーブを抜けると、目の前には知床連山が広がり、大きな湾に沿うようなウトロの街が現れる。


<流氷の季節のカメ岩(チャシコツ岬)>

はじめてこの街を訪れた人は、隠れ里のようだと表現した。

この大きな岩に守られた集落。数年前に地元の人に、ウトロを感じる場所はどこですか?という問いかけをしたことがある。

その答えに多くの人が「カメ岩を抜けて来た時」と答えていた。

このカメ岩のお尻の部分にはゲートが設置されている。異常気象や災害時にはこのゲートが閉められる。まさに、このカメ岩がウトロの街を守る自然の城壁のゲートといえる。

カメ岩の本名は「チャシコツ」アイヌ語で「砦の跡のある岬」。昔は砦があり、この岩の上部にはオホーツク文化期の縦穴住居跡群がある。

オホーツク文化以降も先住民族のアイヌの人たちにとっても、この場所は砦だったことが地名からわかる。

ウトロのゲートとしての存在ばかりでなく、このチャシコツは地元ではみんなが知る「磯遊び」のポイントでもある。

毎年、初夏の大潮の頃には広い磯が姿を現し、至る所にタイドプール(磯だまり)が現れ、磯の生物の観察にはもってこいの場所になる。

水温が低く、海水浴には適さないウトロの夏には休日になると子供たちの声がカメの顔の下に響き渡る。

ときどき、知床沿岸で繁殖しているオジロワシも姿を見せ、潮が満ちてくるまでの時間を楽しむことができる。

チャシコツという地名の通り、知床のなくしてはいけないものを守る象徴としての砦。

春も夏も、そして冬もその姿はいつ見ても「カメ岩」  ユーモラスなカメ岩はいつも変わらず知床を守るようにそこにある。(さ)


2011年12月19日

カラマツ防風林の効果は

小清水町の大部分は開拓期の頃は止別原野と呼ばれていた。

藻琴山のすそ野からオホーツク海まで広がる波状傾斜地は広大であるだけでなく、南北に伸びる幾筋かの丘陵が微妙に風向きに変化をもたらすと言われている。

この止別原野の航空写真を見ると、この地方が区画整理が行き届いていること、まさにパッチワークの絵柄を見るような感じを受ける人は多い。

そして、もう少しじっくり見てみると、ある程度の幅を持つ長大な森が何カ所もあることに気が付く。これが国有防風保安林である。

小清水町には南北に伸びるものが4本、東西に伸びるものが5本、その他に2本の保安林がある。

その総面積はなんと490ヘクタールになる。これは1899年(明治32)に当時の政府が植民地の区画測量をした際に、この地方には非常に風の強い季節があると判断したものらしい。

実はこの地方の南北に吹く風は今でも農業者には悩みの種であることに変わりはない。

春先の藻琴山から吹き下ろす南風は、馬糞風ともいって、ビートを直蒔きしていた頃など、何度種を蒔いても風に飛ばされたり、ジャガイモを蒔いても表土が飛ばされて、種イモがごろごろ転がった、などという古老の話が残っているほどだ。

原生林の開拓が進み次々に農地化される頃になって風害に悩まされるようになったという皮肉な現象である。

防風林の重要性が認識されだしたのは大正末期から昭和初期で、とくに1927年(昭和2)に深刻な風害に遭遇して、防風林設置の機運が高まった。

そして、これまで何度も地場の苗木を使って失敗した経緯を改め、この年は長野県から成長の早いカラマツの苗木を移入して、植林を開始した。

これ以来耕地防風林の造成は町が積極的に奨励、補助をするようになった。現在の航空写真を見ると、畑作地帯の区切り線がくっきりと防風林によって仕切られているのがよくわかる。

防風林の効果のほどは、というと岐阜大学津田教授の研究が有名で、耕地の四囲に防風林を設置した場合、風害はもちろんのこと、耕地の中央部を中心に耕地全体の地温が上昇し、防風林の日陰部を差し引いたとしても、全体の収量は明かに増加するという結果が発表されている。(ひ)


2011年12月12日

夏と冬、藻琴山登山

<真冬の藻琴山の山容は神々しいまでの姿である>

標高がちょうど千メートル、展望台であるハイランド小清水の横にある登山口から頂上までの標高差280メートルの藻琴山は、登山道も分かりやすく初心者でも気軽に登れる山である。

アイヌ名は「トエトクシペ」といい、湖の奥になる山という意味である。

登山口で登山届けに名前を記入して歩き出すと、いきなりハイマツとクマザサの急な登り。しかし、眺望はすぐ開け始め、左手に屈斜路湖のパノラマが見え隠れし始める。

屈斜路湖は直径約24キロの巨大なカルデラ湖。湖の周囲を取り囲む外輪山の一番高い場所が藻琴山の頂上である。

眺望が開けたところで振り返ると、斜里岳の神々しい山容とオホーツクの大地の広がりが見渡せる。

しばらく稜線を上り下りしながら歩くと、やがて頂上直下に見えてくるのが屏風岩。ささくれ立った岩で大きな岩盤越しに見える屈斜路湖は藻琴山の絶景のひとつ。

さらに夏には屏風岩の周辺はお花畑になる。岩場に張り付くようにして咲くコケモモ、ケゾキリンソウのけなげな可憐さには目を奪われる。

他にもチシマセンブリ、エゾオヤマノリンドウ、ハクサンイチゲなどの高山植物が見られる。

尾根沿いの急な登山道を登りつめると、やがて広い平坦地に着く。頂上はこの少し先の急坂を登った場所。

しかし、石碑のある頂上はあまり広さがなく、五人も座れば一杯になるので、休憩や食事をするのは直下の平坦地を利用するほうがいいかもしれない。

頂上からの眺めは、まさに360度のパノラマ風景。眼下に広がる屈斜路湖、同じ外輪山の一部である美幌峠、斜里岳と麓の原野、オホーツクの大地の広がりの向こうに見えるオホーツク海。

まだ、藻琴山に残雪の残る五月に登山をすれば、色の無い大地にピンクの線を引く芝桜公園が鮮やかだ。

手軽に登れる山にも関わらず、素晴らしい眺望が見られる藻琴山は冬も登山者が絶えない。山スキーやスノーシューを履いて、雪の斜面を登る人の姿が見られる。

夏の登山では邪魔になるハイマツが雪の下に埋もれるので、むしろ登りやすくなるのだ。登り始めに見られる樹氷も美しい。

頂上付近にある斜面は山スキーやバックカントリースノーボーダーにとっては絶好のパウダースノーを味わえる斜面で人気が高い。

さらに夏以上の眺望が見られるのも魅力。オホーツク海には二月になると流氷が押し寄せる。

この時期、藻琴山に登ると大地の向こうに広がる流氷原が見渡せる。

海と地面の境目が分からない風景を見ると、厳冬期には北海道とシベリアが地続きになることが分かる。

きっと、幻の先住民族といわれるオホーツク人は冬に大陸から流氷の上を歩いて、この地に辿り着いたのだと安易に想像できるのだ。

藻琴山の冬の登山のベストシーズンは流氷の来る二月から三月。日照時間も長くなり、雪も程よくしまって歩きやすくなる。

冬でもそれほど難易度は高い山ではないが、雪山に対する経験と装備は必要。春先は雪崩にも気をつけたい。初心者は登山ガイドが案内するツアーに参加するほうがいいだろう。(く)


2011年12月05日

釣り人天国網走港はチカからアキアジまで

友人の釣り師サブロウさんから時折携帯電話がかかってくる。

サケが釣れているぞ。チカが釣れてるぞ。すぐに眼下の網走港へ駆けつけるのだが、岸壁は釣り人で埋まっている。

餌まで付けてくれる竿を下ろすと大チカがどんどん釣れる。ダブルどころではない。4匹も5匹もつながって来る。

素人の釣果に周りの釣り人が目をむくが、釣りというのは釣り糸と針の微妙な加減にコツがある。

この技が釣り師サブロウさんの面目躍如なのだ。 

網走港と波打ち際だけでも年間釣れる魚は、サケ、マス、ワカサギ、チカ、キュウリ、コマイ、ボラ、ニシン、カジカ、ホッケ、マメイカ、サンマ、カレイ、コサバ、イワシ、アブラコ、ソイ、ハゴトコ。とにかく年中何かかにかが釣れている。 

岸壁で女釣り師と評判のAさんに出会った。

60代のAさんは釣り仲間では有名な釣りキチで、降っても照っても1人軽自動車でやってくる。ことにサケ釣りが得意で、砂浜から投げる「ぶっこみ」も、岸壁から投げる浮きルアーもうまい。

なかでも二連のルアーでサケをダブルで上げるという妙技を持つ。今年の秋は250匹、昨年はなんと500匹のサケを上げたという。

 <女釣師、1シーズに2,300尾を釣る>

信じられない数だが、サケ釣りはひとシーズン百尾単位で釣る人はかなり多いのである。

それほどに網走港近辺は豊饒の海である。港付近だけではない。

沖釣りのタラ、ホッケ、ソイ、オヒョウ。湖のキュウリ、チカ、コマイなど、どこを向いても釣果は多い。

他方からやってくる釣り人にとって、網走は垂涎の釣り場なのである。

それだけに釣りマナーが問われるし、海水温上昇でサンマが寄らなくなった現象などに釣り人自身が関心を持って欲しい。

奪うだけの海ではなく畜養の海という思想が今問われている。(き)

 <岸壁の釣り人>