2007年05月07日
東オホーツクでバリアフリーを考える
北海道に移住する前は、長い間盲学校の教員として、視覚に障害のある人と日常的に生活をしてきた。盲学校を退職して1年間は、様々な障害のある人たちが中心となって、その障害のある人たちの得意な分野を仕事としていく会社に勤務していた。その会社の社長は親友だが彼も車いすに乗る障害のある人だ。そんなことで、バリアフリーという課題は非常に日常的なことだった。
オホーツクに移住して2年が経ち、いつかはこれまでいっしょに生活してきた障害のある人たちといっしょに東オホーツクのあちこちを回ってみたいと思っている。そんなことを考えていると行く先々でのバリアフリーの状態が気になる。しかし、決して悪い点として気になるのではなく、意外と東オホーツクは障害のある人にとってはバリアが少ないところではないかという事実である。
障害のある人たちとってトイレは意外と重要なポイントとなるが、障害のある人のトレイが意外と各地にあるし、普通のトイレも北海道ならではのゆとりのある建築の中でのトイレなので、特に障害のある人のために作られていなくても何とか利用できるところは多い。都会ではあと間口が5cm広ければ利用できるのに、その5cmに泣いたことが多々あった。それから考えるとトイレで困るというおとはオホーツクではたぶんなさそうな気がする。
障害のある人たちとってもう一つのポイントとなるのが食事(飲む)をする場所である。これも北海道らしく、平屋の建物が多いのでこれも多くはクリアーできる。都会では急な階段や幅の狭い階段に泣いたことがしばしばあったが、これもオホーツクでは問題ない。
観光施設だが、これも最近バリアフリー化が進んでいる。去年、知床五湖に高架木道ができた。これについては環境を破壊するものだと批判の声も多いが、僕はこれで知床五湖を車いすに乗った友人たちに見せることができると非常に喜んだほうである。まぁ友人の車いすの中には、はって富士山に登るようなメンバーもいるし、サポートする体制が整えば、知床五湖の中にも入れるとは思うが、電動車いすに乗っている友人たちのような場合はかなり困難な状態となる。それを考えるとその素晴らしい自然の一端にふれることのできる高架木道は意味あると思う。
視覚に障害のある人たちに対しては、自然景観を感じるようなガイドをできる人たちがサポートできればさして問題はない。このあたり僕は長年盲学校の教師として自然観察などの学習活動を行ってきたので、視覚に障害のある人が東オホーツクの自然体験をしたいという希望があれば、即j可能な状態である。
しかし、大事なのは障害のある人たちが東オホーツクを堪能したい場合、どうしたらよいかに関わって、いろいろな方がそれに対して問題意識を持っていくことが一番大事だと思う。誰もが何らかの形でほんものの自然を体験できる機会をつくろうとする気持がまずは大事だと思う。





