2007年03月31日
バイクでの走り出しの日も近い
最近、東オホーツクに移住した仲間たちの共通点はライダー!本州に住んでいるライダーの多くの夢は北の大地を思い存分走り回ること。
一度、北海道に上陸して自分のバイクで走り出すと、また北海道に行きたい症候群にかかってしまうとのこと。バイクで各地を回るだけでなく、各地で出会う人たちとの交流が密接になるのもライダーであるからという理由も多い。昨年の夏に移住してきたライダーは、冬も東オホーツクをバイクで走る。125CCのバイクにスパイクを打って走行するのは合法だそうで、彼が走っているのを何度か見た。そしてその雪道ライダーと何とインターネット上で知り合ってしまった。そんなことから僕と雪道ライダーの交流は深くなり、結果として彼は移住した。
3月に大阪から移住してきた友人は東オホーツクでツーリングをしていて、やはり旅で東オホーツクに奥さんになる人と出会い。ついに今年ご結婚された。そして、今、新しい生活を東オホーツクで過ごしている。まだ、こちらにはすべて持ってきていないが、彼らの家族はバイクが5台・・・用途にあわせてこの5台のバイクで東オホーツクを背景に走り回るそうだ。
そして、実は僕もライダー。移住する前はバイクで北海道には来ていないが、ずっと北の大地を走ることを夢見ていた。移住する前の1年間は家族が先に東オホーツクに来ていたので、横浜での生活はバイクだった。いずれは北海道で走ることを予想して、排気量も125CCから250CCにパワーアップしておいた。
一年後に移住して得た仕事がカーナビのデータの取得の仕事。
仕事の条件は
1.バイクに乗れること
2.地図を読んで目的地に確実に到達できること。
3.デジタルカメラで確実な写真撮影ができること。
4.撮影した写真をネットで経由して送付等ができること。
すべて満たしていた。道南をのぞいて約700カ所の交差点を調査した。のべ3ヶ月のバイクでの旅。バイクは北海道を見つめる一つの道具であるような気がしている。
冬に通常のバイクが乗れない時期をのぞいて、ほとんど僕はバイクで行動している。バイクは東オホーツクの景観によくなじむ・・・。
今年の冬はバイクを外に置いたままだ(何枚もシートを巻いている)、そのバイク置き場の雪がまだ融けない・・・。道路は十分に走れる状態なのに!
写真:濤沸湖にて、台湾製のKYMCOのバイク(250CC)
2007年03月29日
小清水町の春の山々

斜里岳
海別岳
知床連山
東オホーツクの真ん中に位置する小清水町は、海、山、川、湖、森というように自然環境の大半がそろっている街です。
この自然豊かな小清水町に家族が引越したのが、2004年の春、一年遅れて僕も移住しました。横浜から移住しましたが、実は横浜は大都市のイメージもありますが、神奈川県内では一番農地面積が多い街です。僕が長いこと住んでいた地域には、湖はありませんが、一応一通りの自然環境がそろい、身近に自然に接する機会も多かったです。
しかし、この小清水町に住むようになって、同じ自然環境がこれほどまでにスケールの違った雄大な存在にビックリしました。これらの雄大な自然を見るのは自宅から一歩外に出るだけで享受できるところは本当にすごいとしかいいようがありません。さらに街の中を車で5分も走るとさらにそれぞれの自然をさらにダイナミックにとらえる場所が多々あります。
防風林とじゃがいも等の畑を全景に東オホーツクの素晴らしい山々の姿をぜひ楽しんでいただければと思います。
2007年03月28日
四季折々の顔を楽しむ 神の子池(清里町)
東オホーツクを旅する場合、一般的には知床に向かう人が多いと思います。知床は東オホーツクを代表する世界自然遺産の地域です。
しかし、東オホーツクの魅力が知床に限りません。多くの?知床をメインにした観光バスなどは、女満別空港から一目散に知床をめざしてしまうようですが、僕が知床をご案内する場合、たぶん空港に到着した日に知床にはたどり着けないように思います。つまり、知床にたどり着く前にたずねたい場所があまりにもたくさんあるからです。東オホーツクの見所は2泊や3泊の日程ではとても追いつかないというのが正直なところです。
今後、僕の担当する記事では、東オホーツクの魅力は、知床だけではない(もちろん知床も素晴らしいですが)という観点からご紹介してみたいと思います。
まず最初にご紹介するのは、神の子池(清里町)です。
摩周湖は、観光地としてとても有名なところですが、メインの弟子屈町側ではなく、清里町側に「裏摩周展望台」というところがあります。ここは国道391号線の方からは入ることができず、斜里方面から道道1115号線を南下し、中標津方面に向かいます。その裏摩周を展望台の手前に「神の子池」があります。道道からは林道になっていて舗装されていません。はじめてここをめざす方の場合、神の子池入口の看板を見逃す場合もあります。
上の写真は神の子池です。それほど大きくはありません。森に囲まれた小さな池ですが、その透明度とエメラルドグリーンの色彩は多くの人に心残る映像を焼き付けます。その色彩と雰囲気からくる神秘性は何とも言えないものがあるからです。そして、多くの人がそのとき訪ねた季節とは別の季節に訪ねてみたいと思う場所です。夏は、車で入ることができますが、冬は車で入ることはほぼ不可能です。神の子池の入口からスノーシュー等の雪の中を進むための補助具をつけての行動になります。2kmちょっとの距離を、歩いていくわけです。最初に急な登り道がありますが、後は割合平坦です。横を流れる小川や雪のある様々な種類の樹木・・・そして自分の足跡を楽しみながら約1時間ほどで到着します。
冬の時期も凍ることなく、エメラルドグリーンの池は存在しています。自分の足で歩いてきたという事実がより一層この池との接し方を感動のあるものにしてくれます。
もちろん雪のない時期も十分に素晴らしいところですが、ぜひ、雪のある季節に自力でここまで歩いて見てほしいなぁと思います。
下の写真は秋の神の子池です。
2007年03月24日
小清水町在住のシーニックマン4号の佐々木です。

シーニックマン4号の佐々木夏実と言います。
写真は東オホーツク・小清水町のオホーツク海に接岸している流氷です。そう、僕の住んでいる小清水町 は流氷がやって来る街です。この海岸に歩いていけるところに住んでいます。
僕は、首都圏の東京、横浜で人生の大半を過ごしてきました。ふとしたきっかけで、この広大な東オホーツクで生活することになりました。首都圏では盲学校の教員をしてきました。視覚に障害のある子どもたちに、日本や世界の様子を伝えるために、あちこち自らがその地域の生活を感じるために歩き回ってきました。その過程で毎年訪ねることになったのが東オホーツク。
実は娘が登校拒否になりました。2年間小学校に通うことができず、何とかしようと考えたのが山村留学です。いろいろな情報を探してたどり着いたのが今住んでいる東オホーツク小清水町の自然体験留学生に応募すること。ちょうど僕が教員を辞めた年の春に、僕以外の家族はさっさと東オホーツクに移住してしまいました。山村留学のおかげで娘は一度も休むことなく、楽しく小学校生活を全うしています。
1年遅れて、ちょうど小清水町に日本初の無線を利用したブロードバンドでのインターネット接続サービスが始まり、これを利用すれば仕事ができると確信し、僕も移住しました。今は、このインターネット回線を利用して、地域からの情報発信の活性化をサポートするホームページの制作をメインにSOHO企業としてITサポート@オホーツク を立ち上げて仕事をしています。長年の地理を担当する教員であったノウハウを活かして、日常的に「いいたび@オホーツク 」というサイトを立ち上げつつ、ネイチャーガイドとしても活動しています。現在は東オホーツクガイド協会 に所属しています。
日本や世界には自然が豊かなところがまだまだたくさんあります。東オホーツクは知床の世界遺産をはじめ、斜里岳山麓、そして広大な畑が広がる農村芸術とも言える地域、オホーツク海というように、すべての自然環境がそろっています。1年365日、毎日が自然の博物館そのもので、一日の中でも多彩なドラマが展開しています。

朝、起きて窓を開けるとそこには秀峰斜里岳がそびえています。この斜里岳は本当に素晴らしい山です。この山は僕にいっぱい元気をくれます。素晴らしい自然から元気をもらえる素晴らしい東オホーツクでの身近な景観とそこで生活する人たちのたくましい姿の一端をこのブログでお伝えできればと考えています。
東オホーツクへ移住したいという方へのお手伝いもしています。この間、いろいろな方の移住に関するお手伝いの中で、あこがれの移住を実現された方も多々いらっしゃいます。この東オホーツクでの新しい生活の創造に役立つ情報もいろいろ提供していきます。
どうぞ、今後ともよろしくお願い致します。





